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Bコラム〜ビジネスマン(技術者)への応援メッセージ〜

『 なるようになる 』

はじめに

精神科医の仕事は、相手の気持ちに寄り添うこと・・・とのこと。
街中には、メンタルクリニックの看板が目につきます。実態を充分に知っている訳ではありませんが「気を病む・心が折れる」人は、年々、増えているそうです。
生真面目な、何事もきっちりしないと気の済まない人に多い様な気がします。
「なるようになる」とは、何か不真面目でいい加減な、無責任な感じを受けますが、実は、意味深い言葉なのです。しかも誰にでも通じる魔法の言葉だと思います。

一休さんの言葉

「なるようになる」の裏返しは、「なるようにしかならない」でしょうか?
仕事でも私的な生活の中でも、否応なく多くの人と接しながら毎日を過ごしています。
その中で、自分自身のやりたいことや叶えたいことは、必ずしも、思い通りに行かぬことは良くあることです。或いは、思うこととは逆の結果になってしまうことさえあります。
様々な要因が重なり合って、窮地に陥ることさえありますが、その時に絶望するとか、諦めてしまうのは早計です。日本人なら誰もが知っている「一休さん」は、京都・大徳寺の住職でしたが、死ぬ間際に遺言を残しました。大徳寺に大きな災難が生じて、対応に苦慮した際には、私の遺言を参考にしなさいと。幸い大徳寺に大きな災難はなかったのですが、100年も過ぎた頃に思いも掛けぬ災難に遭い、どの様に対応するか、議論百出の状況になった時、「一休さんの遺言」を思い出しました。
立派な箱に入った、その遺言には『心配する、何とかなる(なるようになる)』と書かれてあったそうです。一同、いかにも一休さんらしい遺言に勇気を得て、対応したそうです。

思うようにならない

思うようにならない状況や苦境に立たされる状況は、誰もが経験することと思います。
思うようにならないのは、分不相応のことを望むとか、思うばかりで行動が伴わないからだと思われます。又、関係する人の同意を得られない、相手にはデメリットになるなどのことも考えられます。WinWinの状況になっていないからです。
換言すると、自分勝手な望みを得たいことが起因し、思うようにならないのです。
人それぞれに思うこと(叶えたいこと)があり、各人のベクトル(行動するエネルギー)は複雑に関連して、結果的には、誰もが「思うようにならない」状況になっています。
ただ100%が「思うようにならない」のではなく、適度な「思う結果」は得られているはずです。それが半分とか、何割かはケースバイケースでしょうけれど。
「思うようにならない」を、何とかして「思うようにする」気持ちや行動は貴重です。

思うようにする

仕事を計画通りに遂行するのは、いくつかの障害を乗り越えて果たす必要があります。
更には、予期もしない障害を越えるためには、事前の準備は必須です。IT技術者であれば、専門分野の技術を深く広く熟知しておくとか、経験を積む中で、良かったことや悪かったことを反省しながら、次の課題に活かすノウハウを身に付けるのです。
つまり「思うようにする」には、日頃から相応の行動(準備)が必要と云うことです。
それでも尚、中々、思うようにはならぬのが世の常です。スポーツ選手が、新記録を出すための苦労は、並大抵なことではありません。それでも懸命に新記録に挑むのです。
ビジネスマンやIT技術者が「思うようにする」には、新記録に挑む様なことですが、日常の仕事や生活の中で、たゆまぬ熱意とか行動を継続することで達成されるのです。

なるようになる・・・の意味すること

「なるようになる」は、決して棚ボタを期待することではありません。逆に、何事にも真剣に取り組み、誠意を尽くし、培ったノウハウを総動員して対応することです。
その結果が「なるようになる」ことなのです。それでも問題解決にあたる際、多くの要因が複雑に絡みあって期待される結果ではない場合もありますが、それは現実なのです。
100点満点でなくとも、結果なのです。「なるようになった」のです。
無論、期待以上の結果になることもあります。それは上出来な結果です。有難いことです。
「なるようになる」とは、時間の経過とともに状況が変化することです。途中状況の場合も、最終決着する場合も、「なるようになった」のです。
しかし、どの様な状況や結果であろうとも悲観する必要は全くありません。
そこから、又、スタートするのです。繰り返し繰り返し「なるようになる」のです。
どの様な事態も大問題も「なるようになる」のです。現実を見据えて対応すれば、何事も「なるようになる」の結果は得られます。そして再スタート出来るのです。

斉藤 礼三郎

斉藤 礼三郎

コンピュータやネットワークに関わり半世紀近く。T自動車の情報部門にて、約20年間、DBやNWの企画・設計を担当した。その後、独立し名古屋にてシステム会社を20年ほど経営する。
現在は「PEーBANKのシニアアドバイザー」の立場で活動中。